高齢出産を乗り切ろう

私が初めて妊娠したのは37歳の時でした。

35歳をこえた年齢の出産は大変だという話は聞いたことがありましたが、実際妊娠、出産をしてみると本当に大変でした。

妊娠出産自体、悪阻や流早産の危険などのトラブルに見舞われることもあるようにとても大変なことですが、高齢になってからの出産は、よりトラブルに見舞われやすいそうです。

私もそんなトラブルに見舞われた一人です。

特に大変だったのは、前置胎盤です。

前置胎盤とは、通常子宮の上の方に着床するはずの受精卵が子宮の入り口付近で受精してしまったことで、胎盤が子宮の入り口に重なってしまった状態のことです。

はっきりとした原因はまだわかっていませんが、高齢での妊娠出産の場合、前置胎盤の割合が上がるようです。

前置胎盤の場合、お腹が張りやすかったり出血しやすかったりする為、早産のリスクが高まります。

出血の量が多いと、早産であってもそのまま出産となってしまう可能性もあります。

さらに、正産期である37週を迎えられたとしても、胎盤が子宮口を塞いでしまっている場合は帝王切開での出産になります。出産の際にも出血が多いケースがあるので、大きな病院での出産になることもあるようです。

高齢出産は、ハイリスク出産として医師も注意深く診察をしてくれます。

私も24週の健診のときに前置胎盤が発覚し、そのまま胎盤の位置が変わることがなかったので、後期に入ってから個人病院から大きな病院に転院しました。

お腹が大きくなるとお腹の張りや出血のリスクも高くなるので、8ヶ月頃から管理入院をしました。

私は胎盤が子宮口を完全に塞いでしまっている全前置胎盤だったので、自己血の準備をして出産の際に輸血ができるように備えました。

お腹が張らないように、出血しないように寝たきりで点滴をする生活が2ヶ月ほど続きました。

とても辛い日々でしたが、無事に赤ちゃんを産むことだけを考えて過ごしました。

結果的には出血もなく過ごすことができ、37週をこえた時に帝王切開にて出産しました。赤ちゃんは2800g程で元気に産まれてくれましたが、私自身の出血量が多く、自己血輸血をしても産後は貧血状態が続きました。

産後数日はフラフラでしたが、我が子を初めて抱いたときにはとても幸せで涙が出ました。

不安と期待

そもそも結婚するのが遅かったので子どもは無理かもしれないと思っていました。

36歳で結婚したのですが、出来たら子どもは欲しいと思っていたので38歳で授かった時は本当にうれしかったです。

病院でおめでたとわかってすぐに母子手帳をもらいに行きました。

今考えると、高齢出産で流産のリスクも高く、よくあんなに早く手帳をもらいに行ったものだと思います。

噂で、高齢出産の人は手帳に「〇高」のハンコが押されると聞いていたのですが、実際にそんなハンコが押されることはありませんでした。

でも、自分が高齢出産であるということは十分認識していましたので、とにかく運動不足にならないよう気をつけていました。

運動不足は難産のもと、と思っていましたので。

幸い私は健康でしたし、親から丈夫な体をもらっていました。仕事も臨月まで続けており、なるべく体を動かすようにしていました。

また、最初の1か月で体重がかなり増えてしまい、助産師さんから一日に食べたものをすべて書き出すように、と言われて体重の急激な増加を止めるようにしました。こんなダイエット法がありましたよね。おかげで後ろから見たら妊婦と思えないと言われる程度で出産を迎えました。

退職してからは少しの間でしたがマタニティースイミングにも通いました。

とにかく元気な赤ちゃんと対面するために、出来ることは何でもやろうと思っていました。

また、精神的な安定も心がけていました。赤ちゃんが生まれてくることを想像して赤ちゃんグッズをそろえながら幸せな気持ちになることも一つの方法でした。

結局、私は約1日半の長い陣痛を経験し、このお産は難産だったかもしれないのですが、努力していなかったら2日の陣痛だったかもしれない、と前向きに考えることにしています。

二人目以降は頑張り過ぎないで!

37歳で長男を出産し、長男が1歳になってすぐ次男を妊娠しました。年齢的にも二人目は厳しいかもしれないと思っていただけに、妊娠発覚時はとてもうれしかったです。ただ、長男が1歳になると同時に職場復帰していたので、久しぶりの仕事、家事、育児との両立に大忙しの毎日でした。

幸いつわりがひどくなかったので、長男の時に比べると妊娠初期から活動的に動いていた方だと思います。ただ、まだ長男もよちよち歩きで、抱っこして移動したり、お風呂に入れたりと、お腹が大きくなると結構張りが強くなることもありました。

仕事ではリハビリの療法士という職業柄、病棟の移動や患者さんのリハビリなど、割と体を動かす仕事内容で、一日おわればぐったりすることも多かったです。8か月目の検診では、逆子になっていることが分かりましたが、それ以外は何の問題もないと言われて安心していました。

ところが、翌日、急に陣痛が始まり、病院に急いで駆け込むと、もう膣内に足が出かかっており、出産するしかないと言われました。それまで順調と思っていただけにかなりショックで、子どもは助かるだろうかと泣きながら救急車で総合病院に運ばれていきました。

その後搬送先の病院で緊急帝王切開で二男を出産しました。2ヵ月早い早産で、次男は呼吸器の問題もあり8カ月も入院が必要になりました。今にして思えば、長男の妊娠時に比べて、体力的にかなり無理をしていたと思います。また、長男が超がつくくらい安産だったので、油断していたという面もあると思います。

出産は何が起こるかわかりません。とくに2人目は無理をしがちで私の周囲にも早産や切迫流産がおおいです。くれぐれも無理をしないことが大切だと思います。
《出典》なかなか妊娠出来ない!その理由原因と解決策とは…

39歳で出産しました。

一人目は32歳で出産しました。

結婚後半年で妊娠したので、2人目もその気になればすぐ妊娠すると思っていたので、焦っていませんでした。

上の子の手が離れ、そろそろ・・・と思い始めてもなかなか妊娠することができませんでした。

妊娠を希望して2年くらいでやっと赤ちゃんがお腹にきてくれたのですが、上の子の時と違って悪阻が軽かったので、今回は元気な妊婦さんでいられると思っていました。

妊娠6カ月の時にお腹の右側と下腹が同時に萎むようにグーっと痛くなり、病院に行くと切迫早産と診断されました。

張り止めの薬を飲み、一週間自宅安静をしました(上の子は自宅送迎の幼稚園児だったのですが、母に来てもらいお願いしました)。

1週間後の診察で子宮けい管が短いことと、お腹が下がってきている事、自宅安静をしても状態がよくなってない事から入院になってしまいました。

入院中は24時間張り止めの薬を点滴をしました。

3日置きの点滴の針の差し替えのタイミングでシャワーが許可されていましたが、その針を抜いた数十分だけでさえお腹に張りが来ました。

トイレ以外はベット上安静、食事以外は座る事も許されず、ひたすら横になっていました。

結局臨月に入るまで2カ月以上入院しました。

退院後正期産に入るまで自宅安静し、安静後2日で出産になったため体力が回復していなかったため、今回は無痛分娩にしました。

完全な無痛ではなかったのですが、出産時の体力の消耗が少なかったので、産後が楽でした。

上の子の時は6カ月に入ってから産院のマタニティエアロビクスに週2回通うほど、アクティブな妊婦でした。

その子の妊娠から7年経ち、今回自分の体が年をとってきているのを痛感しました。

血圧が高くなり入院をしました

私が高齢出産となったのは、3人目を出産する時でした。そのとき、どうしても3人の子供が欲しいと思ったので、高齢になると分かっていたのですが、頑張ってみようと思ったのです。

そして高齢では、気を付ける事について、ある程度わかっていたので、そのことんついて気を付けることにしました。

まず、高齢ということで、絶対無理をしないようにと思ったのです。無理をすることによって、3人目であるので、流産をする恐れがあると思ったからでした。

そのため、自宅にいる時には、できるだけ安静にするようにしていたのです。ところが、検診にいった時に、血圧が少し高くなっていることを指摘されました。安静にしていると思っていたのですが、仕事をしていた私は、自分が安静にしていると思っていても、そんなに安静になっていなかったと、後から思うと感じています。

その結果、普段の血圧が大体100ぐらいであるところ、150を上昇するようになり、頭痛も感じる様になって、ついに入院をすることになってしまったのです。

その時には、妊娠高血圧症という病名となっていました。妊娠をすることによって、血圧が上がり、そのために妊娠を継続することにリスクを生じるというものです。

その後は、絶対安静となって、食事やいろいろなことに関して、指導を受けることになりました。食事は減塩食となり、ベッド上安静となったのです。

その後、その管理のおかげで、無事出産をする事ができました。

無理をすると、高齢出産の場合は、特にいろいろなリスクがあると思っています。