不安と期待

そもそも結婚するのが遅かったので子どもは無理かもしれないと思っていました。

36歳で結婚したのですが、出来たら子どもは欲しいと思っていたので38歳で授かった時は本当にうれしかったです。

病院でおめでたとわかってすぐに母子手帳をもらいに行きました。

今考えると、高齢出産で流産のリスクも高く、よくあんなに早く手帳をもらいに行ったものだと思います。

噂で、高齢出産の人は手帳に「〇高」のハンコが押されると聞いていたのですが、実際にそんなハンコが押されることはありませんでした。

でも、自分が高齢出産であるということは十分認識していましたので、とにかく運動不足にならないよう気をつけていました。

運動不足は難産のもと、と思っていましたので。

幸い私は健康でしたし、親から丈夫な体をもらっていました。仕事も臨月まで続けており、なるべく体を動かすようにしていました。

また、最初の1か月で体重がかなり増えてしまい、助産師さんから一日に食べたものをすべて書き出すように、と言われて体重の急激な増加を止めるようにしました。こんなダイエット法がありましたよね。おかげで後ろから見たら妊婦と思えないと言われる程度で出産を迎えました。

退職してからは少しの間でしたがマタニティースイミングにも通いました。

とにかく元気な赤ちゃんと対面するために、出来ることは何でもやろうと思っていました。

また、精神的な安定も心がけていました。赤ちゃんが生まれてくることを想像して赤ちゃんグッズをそろえながら幸せな気持ちになることも一つの方法でした。

結局、私は約1日半の長い陣痛を経験し、このお産は難産だったかもしれないのですが、努力していなかったら2日の陣痛だったかもしれない、と前向きに考えることにしています。